10-48レポート:福岡孔版記〜安恒春一氏を訪ねて
2018年6月某日、梅雨入りして間もない九州福岡。孔版家である安恒春一氏のアトリエへ。
かねてより「福岡孔版」と私は勝手にそう呼んでいますが、そう言わざる得ない出会いが私自身多々あり、
独自の孔版文化を遂げているこの地へ訪問の機会を得たのでお話を伺ってきました。
安恒春一氏
安恒氏と10-48の神崎は以前JARFO京都での展示でご一緒しており、1年ぶりの再開。
氏の作品は非常に細やかな描写と刷りが特徴的で、代表作は「花」「美人画」「風景」など。
孔版を始める前は「ペン画」で活躍されていたこともあり、その緻密な描写を孔版に落とし込めるのは安恒氏ならではだと思います。
安恒氏の孔版は、「孔画紙(ヘイワ原紙製)」というコロジオン原紙に近い版と「ダイヤモンドスクリーン(ヘイワ原紙製)」という硬めの和紙メインに、「グランド(ニス)原紙」、線描部分に「謄写版」「孔画紙」を使用する併用製版を行なっています。
これが福岡で盛んに制作されている孔版の特徴で、これを「ペーパースクリーン版画(P.S版画)」と言います。
製版
このサイトの主旨は謄写版なので、線画部分の製版を紹介します。
下絵はすべて原画を書き起こします。ペン画を数多く発表していたのもあり、非常に細やかな描写。原画の(ロウ原紙への)写し取りは、ボールペン行います。基本製版は線画のみのようなので、潰し製版は行わず、XCヤスリで製版。
使う鉄筆は通常よりかなり細く研がれ、軽いタッチで超極細の製版に特化した研ぎ方だと推測します。
鉄筆のとぎは作家それぞれですが、極端に違う例を挙げると「黒船工房」の佐藤氏の鉄筆はかなり丸くなっています。
これは筆圧をかけ、滑らかに鉄筆を走らせるように製版するための研ぎ方。10-48の神崎も製版には先の丸いボールバニッシャーを使用するので、私の製版のようにしっかり筆圧をかけ製版すると安恒氏のような尖った鉄筆ではたちまち破けてしまうと思います。
それだけ繊細な製版を行っていることがこの鉄筆で予想できます。
刷り
刷りは自作の刷り台。木製のパネルの板を(ベニヤ)カッターでくり抜き、版貼幕(材質はレンジフードのようなもの)を取り付けたもの。複式刷台のスクリーンが無い形状でした。
複式刷り台について
Youtube動画
https://youtu.be/QyWI_CJ_QBU
製版した原紙を直接版貼幕に取り付けるのではなく、ダイヤモンドスクリーンに貼り付。
安恒氏はさらに取り付けにもひと工夫施しており、
版貼幕に取り付けたダイヤモンドスクリーンに
製版した原紙に合わせてくり抜かれた3層状の支持体を上から、
下から製版した原紙を取り付けるという手間を行っていました。
3層の支持体は「ダイヤモンドスクリーン」、「両面テープ」、「原紙」で作られています。
工数が多く複雑ではありますが考え抜かれた刷り方法の一つの答えだと思います。
安恒氏によると謄写版と孔画紙ではインクの練り(柔らかさ)も違ってくる。基本的に1製版1版刷りですが、特別に謄写版による線と孔画紙による線を同時に刷っていただきました。(今回は都合上一度に刷ったので若干孔画紙方がインクが出過ぎいる点ご了承とのこと。)
また、インクがかなり柔らかいので、硬いローラーで刷っているのも特徴。
エディションは常に100以上刷り上げます。これは80年代、画商より注文を受けていた商業版画家として活躍していた名残。代表作の「花」が圧倒的に多いのはこの時期に依頼制作されていた影響であると安恒氏は話します。
ペーパースクリーン版画
10-48では鉄ヤスリにロウ原紙による製版を主にご紹介していますが、版種である「孔版」でも様々な手法があります。現在主力の孔版である「シルクスクリーン」や「ステンシル」「捺染」「合羽版」そして「和紙孔版」。
創作謄写版のパイオニア「若山八十氏(わかやまやそうじ)」は「謄写版」と先の「ペーパースクリーン」は版材を和紙で作られている様から「和紙孔版」として位置付け広める活動をしていたようです。
(注:若山の晩年83年には和紙以外の素材も用いるようになっているので、和紙孔版という言葉は使わなく「我々の孔版」と言っていますが。。→版画学会紙11号より)
ここで一番最初の一文に戻り、
私が「福岡孔版」と言わざる得ない出会いというのは、ペーパースクリーン版画を制作する方と出会った時、皆「福岡出身」でありまして、そして口を揃えて「大場正男先生」と仰るのを聞いていました。
若山八十氏の愁土会(しゅうどかい)メンバーである「大場正男」は地元福岡で「ペーパースクリーン版画」の発展に注力した人物。安恒氏は知人の紹介で大場正男と出会います。この出会いが安恒氏長年の「ペーパースクリーン版画」画業となっていきます。
(注:愁土会とは恩地孝四郎の一木会に参加していた若山八十氏が立ち上げた創作孔版画の会。毎月第1木曜の一木会にならい、土曜日に開催したので愁土会)
現在愁土会の作品は和歌山県立近代美術館で観覧できます。
産業と美術のあいだで 印刷術が拓いた楽園
会期:平成30年4月14日(土)―6月24日(日)
http://www.momaw.jp/exhibit/now/post-145.php
ペン画のような作風の作家が辿り着く版種といえば、「銅版画」「木口木版」が選択肢にあげられますが、謄写版・ペーパースクリーンといった「孔版」に進んだのは、安恒氏の個性と、若山八十氏・大場正男が存命「時代」であったのも大きかったのかもと、この訪問で私は感じるのでした。
展示
安恒氏の作品はほぼ毎年CWAJの展示でも観覧できます。
また、今年の滋賀県「ガリ版伝承館」での秋の展示は安恒氏の展覧会となります。まとまった数の作品を観覧できる機会です。2018年11月予定。