10-48レポート:冒険から

IMG_3034先の展覧会「謄写版の冒険」が2013年。謄写版の歴史から紐解く大展覧会から3年が経とうとしています。和歌山の地で開催された展覧会は新たな謄写版の活動を後押しする力になったのでは。と、初めに記しておきます。

2016春、和歌山県立近代美術館で謄写版の展覧会を行う知らせを受け、和歌山〜京都の謄写版を知る人を訪ねてきました。

「冒険」から始まり

印刷と美術のはざまで

印刷と美術のはざまで

「謄写版の冒険」以前以後にも謄写版(ガリ版)をフューチャーした展覧会を企画しているのですが、おそらく現在「謄写版」の展示企画をきちんと行える学芸員さんがいるのは和歌山県立近代美術館です。余談ですが、ガリ版ネットワークの志村章子さんもお墨付き。

今回はそんな学芸員:植野比佐見さんに、私の10-48での活動近況報告等お話をかねてお会いしてきました。

10-48もとい神崎は版画家ですので技術面での謄写版研究(。。とはいえ、好きなようにやってるだけですが)が大きく、論文1つも満足に書けていないので、なかなか知的にご紹介できていないのが悩みの種。ですが、植野さんは母校(金沢工芸大)で座学に加え実技もお伝えしたとか。

はー、私もその授業受けたいです。

常々、「謄写版を版画の1技法とさせたい」思いで活動しているのは私も植野さんも同じでありますが、
それを実現するためにはただ「謄写版で作品を作ってます」や「歴史や学術的に詳しいです」では「版画としての認知」には繋がらない。体系的に紹介できてこそ初めて認識されるのではないかと私は考えています。

ですので、植野さんが行った授業というのは正しい。わかっていらっしゃるんだなと感じました。

ただ、謄写版が持つ「手軽さ」「チープな表現」「簡易印刷」が、版画からもましてや印刷からも「はみ子」的見られている境遇なのは事実。ちなみに、なんとか技術を上げて「こんな表現も出来るんですー」と言っているのが私の今の試みとなってます。

ここからは私の考えですが、
「版画として認知されること」研究対象として扱うことで技術を未来につなげることにもなります。現在私が行っている活動はいわば草の根運動的なもので、個人が楽しむ分の伝承に関しては、正直これで十分だと思います。滋賀の伝承館もネットワークの方も10-48が行っているもの以上に素晴らしい活動です。ですが、「技術そのものを残す」となるとその方法だけでは技術者がいなくなった途端なくなってしまいますし、趣味として行っている方はやめちゃうことも。
もちろん衰退の一因は資材道具が一番大きいですが、謄写版は人が製版しますので「人の技」「知識」も同時伝承しないといけない。
そのためには、一度アカデミックな場に持っていき技術研究・制作・文化研究をする必要も考えられます。今後大学からや美術館からといったトップダウンの力も「時には」必要になってくるのでは無いかと感じました。(もちろん草野の根活動は重要!)謄写版の「親しみ感」「ローカル感」が好きな方からしたら、「ヤメテヨー」ってなりそうですかね?

植野さんありがとうございました。

和歌山県立近代美術館:特集 謄写印刷工房からー印刷と美術のはざまで http://www.momaw.jp/exhibit/now/post-97.php

冒険での縁

版画という形ではないものの手段として授業課題にうまく謄写版を取り入れているのが、京都精華大ビジュアルコミュニケーション学科。担当教員の高橋トオル教授にお会いしてきました。3年前の「謄写版の冒険」で私の作品もご覧になったとか。ありがたいですね。

詩集や同人誌(漫画では無い)を思わせる正統派謄写版ZINE

詩集や同人誌(漫画では無い)を思わせる正統派謄写版ZINE

毎年2年生の課題で「二十歳の物語」と題した冊子を謄写版で刷り製本するというもの。二十歳の学生自身の事・二十歳だった頃の親の事を取材&写真をもとに記録する趣旨のもので、丹念に人となりをトレースする手段として謄写版を用いているという。

確かに謄写版の作業上、下絵の図像をトレースする作業は行いますからね。課題と手段が見事に合致していて教育としてものすごく良い。

教授が手に入れた「教本」導入本は人それぞれなので面白い。私の教本は「赤本(通称)」でした。

教授が手に入れた「教本」導入本は人それぞれなので面白い。私の教本は「赤本(通称)」でした。

書家・文字研究の石川九楊先生もいらっしゃる学科なので真面目な学生さんはガリ版書式文字でガリ切りしていました。

絵の部分は線画のトレースということで統一されており、なかなか良い出来でございました。

人にものを教えるためには「道具を揃える」という最低限やらないといけないこと、WSを行う私も身に覚えのある課題があります。この精華大ではしっかりと道具問題をクリアし、さらにオリジナル原紙を発注するまでの徹底っぷり。
高橋先生の情熱。。を感じます。ちなみに、雁皮紙の罫線印刷は印刷博物館で、ロウ引きは先のレポートで紹介した昭和紙工さんだそうです。簡単に書いてますが、ほんと大変です!ここまでするのは!(学生さんたち、高橋先生に感謝なさいよー)

必要に迫られて制作した罫線原紙ですが、こだわりも見え隠れ

必要に迫られて制作した罫線原紙ですが、こだわりも見え隠れ


技術保存や継承は一人がいくら頑張っても出来ません。ロウ原紙の発注にしても数人の方々が関わっていることですし。

人の手による製版を行う謄写版、特にこの人とのつながり・縁が技術継承の要になるのは(何にでも言えますが)間違い無いと思います。

高橋先生ありがとうございました。

精華大学ビジュアルコミュニケーション学科:授業紹介1/授業紹介2

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